本好き日記

本好き腐女子の読書日記を綴るブログです!

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田舎暮らしの猫


「田舎暮らしの猫 トビー・ジャグと過ごした英国の四季」デニス オコナー著・マくマーン智子訳のライターは、大学で心理学を教えていて都会を離れてイングランドの北部の古いコテージに移り住んだのですが、なんと冬の夕刻に帰宅したところ著者の耳に恐怖に満ちた猫の叫び声が聞こえたので、探してみると雌猫が罠にかかって苦しんでいたので罠をはずしてやるとよろめきながら子どもがいる納屋に入っていったところ生まれて間もない子猫たちがいたので、獣医に見せたところ母猫は助けることはできず2匹の子猫も1匹は死んでしまい、残りの1匹は小さすぎて生き残ることは難しいと獣医がいい安楽死をすすめられたのですが、ライターは子猫をポケットに入れ足だけ靴下をはいたように白い黒猫はミルクを飲むこともできず、目ヤニだらけの黒猫はライターの献身的な世話により生き延びることができたので、トビー・ジャグと名前をつけところ独立心が高く人懐こい性格で一緒に暮らしたイングランドの美しい景色と共に描かれているので猫好きでイングランドの田舎好きの人に向いている本です。
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未来国家ブータン


「未来国家ブータン」高野秀行著ですが、ニムラという会社は生物資源から医薬品や食品を開発する企業なのですが、著者はニムラの社長から、ブータンへ行ってくれと頼まれたのですが、ブータン政府と生物資源開発のプロジェクトを組むことになり、前準備をしてきてほしいと頼まれたのですが、生物資源の知識がないので著者は断ったのですが、ニムラの社長が雪男がいるそうですよと言われ、辺境愛好家なので心を動かされ、未確認生物を追うことに人生を賭けてきたのですが、ブータン政府は生物資源に関する伝統的な知識を収集することと雪男を探索したいと伝え、ブータン国内を旅することになるのですが、必ず随行員がつかなければならず日程は厳密に守られなければならないという決まりがあり、空港のあるパロから都市ティンプーへ、北部のラヤ、東部のメラ・サクテンへ旅をするのですが、同行の公務員の若者は、外国の大学を出たエリートで威張ることも卑屈になることもないのですが、人の話を素直に聞き子供にあめを配るなどの気遣いも忘れない人間で、ほかのアジアの国のエリートとは明らかに違っていたのですが、東部のラヤに着くと見たこともないほど美
しい村で、塗料で塗ったような鮮やかな青空と山々の雪で覆われた頂が手に取るように近く、ラヤの人々は冬虫夏草を摘んで現金に換え貯金が好きで、ブータンの富山県人のようだというのですが、冬虫夏草など薬草も多く採取の仕方は政府の指導があり、採取する場所も毎年変え、根は傷つけないように採集し、持続可能な発展を目指しているのですが、チュレイという生物はロバみたいな大きさで、顔は犬目が黄色くて長い尻尾をぱたぱた振っていて、目が合うとよくないことがおきるという生き物ですが、ブータンの人たちは不思議な生き物に遭遇するとルンタ・ギュップの状態にあると考えていて、ルンタとは体内をめぐる気の調子が悪い状態で、運がついていないといった意味合いで祈祷を受けるとよくなるというのですが、ブータンにニェップという習慣があるのですが、移動民族のブータン人は遠くの町に泊まりにいける知り合いがあり、遊牧でおりる町に商いで行く町にニェップ同士に血のつながりはないのですが、親戚みたいな感じで訪ねることができるというのですが、日本にも北海道の人と沖縄の人で、ニェップがあると面白いのではないかというのですが、ブータン
は八王子市くらいの小国なのですが、、多民族国家でラヤから東部のメラ・サクテンに行くと、言葉も人々の様子もまったく違っていて、メラ・サクテンの人はもともとチベットから来た人たちで、ダライ・ラマを信仰し警戒心が強く、なかなか話をしてくれず焦っていると、村の女たちが焼酎を持って訪ねてきて、焼酎を振る舞い、金銭を得るという伝統的なやり方があり、どの国の共同体もこうして身内になるというのですが、高地のためひどい二日酔いに悩まされ、ブータンの人たちはけろりと笑って迎え酒が一番と言うのだそうです。

行動科学を使ってできる人が育つ!教える技術


「行動科学を使ってできる人が育つ!教える技術」石田淳著の前書きでは管理職やリーダーから部下が仕事を覚えないとか部下のことで悩んでいる、いらいらいしていると打ち明けられ、管理職の多くは部下にやる気がないのが問題だと思っているのですが、一部の管理職は自分が悪いのではないかと考えているようですが、悪いのは部下でも管理職でもないというのですが、なんでも教え方が悪いということで、やはり管理職が悪いのですが、日本の会社はこれまで見て覚えろという教育が多かったというのですが、それは20年以上前の話しで、これからのグローバル社会を生き残っていけないというのですが、今時見て覚えろなどという管理職はいないと思うのですが、この本では行動科学という考え方をべースに気持ちや精神論ではない行動を管理することで仕事のやり方を教えるというものなのですが、著者の石田さんによると、教えるということは望ましい行動を引き出すということだというのですが、内容と言えば「コミュニケーションを大切に」コミュニケーションがよくとれている職場は離職率が低く、仕事の話をする前に、趣味のことなど、関係のない話を始めてみ
ようというのですが、そんな暇な会社はないと思うのですが、今の若い人は目標が多様だから、しっかり把握し、理解することが大切だというのですが、仕事を覚えない部下を理解したいとも思えないが、「部下の知っていること、できていることを把握する」といい、「これくらいわかっていて当然」は禁物だといい、一問一答のチェックリストなど、用意しておくとよいというのですが、机上の論理のようで「客先で出す資料は?」といった質問に、部下がどう答えるか、待ち構えているようで、更に部下に指導をするときは、子供をおつかいに出すような心境で、小学一年生の子と、六年生の子では言う言葉も違っているはずだというのですが、大卒の若者には喩えが幼稚過ぎますし、部下の状況をよく知った上で、適切な指示が出せるようにというのですが、小学六年生の喩えが適切とは思えないのですが、「行動を明確にする。MORSの法則(具体性の法則)計測できる(measured)、観察できる(obsernable)、信頼でき
る(reliable)、明確化されている(specific)。この条件を満たしているものが、本来行動と呼べるものだというのですが、至極当然のことで「お客様と親密にコミュニケーションをとる」というのでは、具体的な指示といえないし上の条件を満たしていないといい、MORSに従って言えば、「すべての顧客に対し、三ヶ月に一度電話をかけ、満足度合いを確かめる」となるといい、とるべき行動がわかりやすく、実行しやすいものでなければならないといい、管理側もできたのかできないのか、客観的な評価を下すことができるだろうというのですが、更になんでも「ほめることが大切。100点をとれる仕事から始めさせてみよう」というのですが、それでは組織の目標は達成できないと思うのですが、なんでも人は認められて伸びる生き物。ほめてあげることは重要。気恥ずかしくてできないという人は、しっかりうなずいてあげることから始めてみては?というのですが、ビジネスは戦場ですので、それでは部下と共に組織が撃沈してしまいます。

絶望名人カフカの人生論


「絶望名人カフカの人生論」フランツ・カフカ著・頭木弘樹訳は、異色のネガティブな名言集なのですが、なんでもフランツ・カフカという人は変身などの名作を残したチェコ出身の小説家なのですが、生前は作家として評価されず、勤め人をしながら日々の生活をしていたのですが、とにかくカフカの日記に残された言葉は愚痴に近いもので、例えば「将来へむかって歩くことは、僕にはできません。将来にむかってつまずくこと、これはできます。いちばんうまくできるのは、倒れたままでいることです」といった具合で、なんと好きな女性へ宛てた手紙の一節なのですが、「ぼくは一人でいなければならない。床の上に寝ていればベッドから落ちることがないように、一人でいれば何事も起こらない」と書いているのは、ラブレターで、その女性とは婚約をするのですが、結局カフカはこの縁談を、なかったものにしてしまうのですが、なんと「誰でも、ありのままの相手を愛することはできる。しかし、ありのままの相手といっしょに生活することできない」と書いているのですが、仕事は小説を書くことが好きで、書くことだけに時間を割きたいと考えていたのですが、小説では食
べていくことができず、勤めるのですが、午前8時~午後2時までの仕事で人間関係も恵まれた職場なのですが、作家志望のカフカは「ぼくの勤めは、ぼくにとって耐え難いものだ。なぜなら、ぼくが唯一やりたいこと、唯一の使命と思えること、つまりは文学の邪魔になるからだ」と書いて、「ぼくは文学以外の何ものでもなく、何ものでもありえず、またあろうと欲しない。だから勤めがぼくを占有することは決してできず、むしろそれはぼくをすっかり混乱させてしまうだろう」というのですが、カフカは幼い頃から身体が弱く、強権的な父母のもとで育ったことが、カフカをこのような考え方の人間にしてしまったというのですが、カフカは「こんな身体では何一つ成功しない。細くて虚弱なくせに、背が高すぎるのだ。暖かな体温と情熱をたくわえる脂肪がちっともない。このところ刺すような痛みをたびたび感じる心臓が、どうしたらこの足の先まで血を押し流すことができるのだろう」と自身の体力のなさに絶望し、一人でいるよりふたりでいるほうが孤独だと感じ、父母にそしられ、文学だけで生きていくことはできず、人並に家庭を築くこともできず、「ぼくの
人生は、自殺したいという願望を払いのけることだけに、費やされてしまった」と書いているほどです。

音のない花火


「音のない花火」砂田麻美著ですが、映画「エンディングノート」の監督さんが、娘の視点で自身の思いを綴ったもので、大抵の人は父親の死を告げられると、慰めの言葉をかけてくれるのですが、中には変わった人がいて自分の悲しい体験を引き合いに出す人もいるのですが、時折まったく無言の人もいて、何も言わない人は身内を亡くした経験をしているというのですが、娘はテレビ映像製作会社で月収18万円で働いているのですが、父親はいやな女と言ったことがあったのですが、会社員として勤務してきた父親は娘の仕事に違和感を抱いていたのですが、一家は父親と母親、姉と兄と末っ子の著者の5人家族で兄は外国で仕事をしていて、3人の子どもを育てていて兄の嫁は宇宙規模のポジティブさを持っていて現実的な兄とは正反対の性格だというのですが、姉には子どもが居らす姉の夫は無口で、父親は「彼はプレゼンが足りないとぼやいていたのですが、娘の結婚相手に対しては厳しいかったのですが、母親と父親の仲は冷めていて母親は父親が塩分の濃い食事を好み休日はゴルフに興じて休息をしないことを愚痴っていたのですが、娘は仕事を休職し父親の
そばで生活を始めるのですが、大学時代の近藤君という母親を亡くしている知り合いの男性と再会し、父を亡くした彼女にかける言葉をもたなかったというのですが、休職なので突発的な仕事を受けて、娘は神戸に赴き父親と母親も伴って出かけた折に、親戚の女性の計らいで、ビルのフロアから花火を見ることができたというのですが、ぶ厚い防音ガラスで盛大な花火なのですが光だけで音は届かなかったというので、父親みたいだと思いそばにいるのにリアリティがないと思ったことがあるのですが、父親の死の洗礼を受け、娘は勝手の伝手を辿って教会を探したのですが、病状が悪化し神父を呼ぼうとしたのですが、神父が間に合わないかもしれないが洗礼を施しなさいというので、洗礼名を与えられ、父親は旅立つことができたのですが、病院の様子や、葬儀までの乾いた悲しさなどが描かれているのです。

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