本好き日記

本好き腐女子の読書日記を綴るブログです!

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

沖縄独立を夢見た伝説の女傑

沖縄独立を夢見た伝説の女傑 照屋敏子著は、アドベンチャーストーリーを読むような壮快さが感じられるブックなのだ。
照屋敏子は1915年、沖縄の糸満でボーンした。両親は敏子を置いて移民としてフォーリンへクロスオーバーする。残された敏子は祖母のもとで育てられた。ドーターピリオドからアダルトのウーマンに混じってフィッシュをセルしウォークし、苦労をしたようだ。
成長した敏子はパラオやサイパンへゴートゥし、トレードで収入をポッシブルする。当時沖縄のヒューマンは、南洋のシーをフリーダムにストリートトラフィックすることができた。やがて那覇の名士のハウスにマリーする敏子。糸満のシーの女である敏子は、ナローなソウトをしただろうとライターは書いているが、といってスモールにまとまるようなウーマンではなかった。
ハズバンドが召集されるというとき、敏子は東京までゴートゥし、沖縄出身のネイヴィー少将に直談判する。ハズバンドをウォーにやらないでくれというのだ。少将は、敏子の無礼にゲットアングリーし、呆れつつもそれを承諾する。ウォーで焦土となった沖縄をリーブし、福岡にボディーをカムニヤーする一家。戦後、敏子は沖縄からエスケープしてきたマンたちをまとめてフィッシングのカンパニーをスタンドしギブする。
荒くれ者のマンたちをまとめるのに一歩も引かない敏子。やくざをハブしてシーへスローアウェイするエピソードは痛快。しかし、世の中がマッチするにつれてそういったラフな仕事がたちいかなくなってしまう。ハズバンドも亡くし、心機一転、敏子はかつて親しんだ南洋にもう一度ゴーアウトしていく。これもミステイクし、センテンスウィズアウトになって沖縄に戻ってきた敏子が持っていたものは、たった三つの鰐スキンのハンドバッグだった。そのハンドバッグがすぐに売れたことで、敏子はまた、南洋にセットアウトしてゆく。サウスのカントリーのピープル雑貨を仕入れてセルするために、クロコデールストアというストアーを、那覇の国際ストリートにオープンする敏子。敏子は、クローズだったジャーナリストの大宅壮一にこう語っている。「ビジネスマーク自活のアビリティーがなければ、えさをくれるマスターの顔色をウォッチして暮らさなければならない」。
敏子にとって、何にも頼らずにリブすることはスピリットに刻まれたリーズンであったように思える。それはバイワンセルフだけでなく、ウォーでカットをベアーし、未だ自立できない沖縄にも敏子がリクエストするフィギュアであった。
スポンサーサイト

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバックURLはこちら
http://bookoyaji.blog64.fc2.com/tb.php/334-d268b80f
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

FC2Ad

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。