本好き日記

本好き腐女子の読書日記を綴るブログです!

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わたくしが旅から学んだこと


「わたくしが旅から学んだこと 80過ぎても『世界の旅』は継続中ですのよ!」兼高かおる著は、世界中をトラベルしてきた兼高かおるさんのバイワンセルフの人生をつづったエッセイで、トラベルのことももちろん、マイセルフのオールドエイジをしっかりとルックハードアットしています。
兼高かおるさんは冷静でネイチャーにキャッチしておられ、毅然としたエッセイで、マザーは明治バースで、しっかりした働き者で、ヌーンのうちからイーブニングミールの下ごしらえをしていて、品数がメニーに、ファミリーにたくさん食べさせるために、マザーマナーはミールのスペースもキッチンと食卓をひとりラウンドトリップしていたというのです。
このことが兼高かおるさんを結婚からキープアウェイするコーズとなった。ワークをして、家事までパーフェクトにこなす自信がない。プレゼントタイムのカップルをウォッチしていると、アーリーにボーンしすぎたのかなとシンクすることもあった。
母はフリーダムなウェイオブシンキングをするパースンで、兼高かおるさんはスクールではプロブレムチャイルドだったが、マザーはまるでそのことをスピリットになさらなかった。
スタディーをさぼってブックを読んでいても、叱られることはオールなかった。兼高かおるさんは戦後、アメリカに留学し体重が激減するくらい、必死にスタディーした。ティーチャーのサポートもあって、アメリカでスタディーすることはとてもファンだったようだ。
兼高かおるさんは病気になって帰国したが、悔やんではいない。ライフを「ラックオーダー」だとシンクアバウトしているのです。
ラックリーブトゥしというのとはもちろんディッファレントする。Butヒューマンには与えられるラックやめぐりフィットしのようなものがあって、それを活かしていくことがインポータントだとシンクアバウトしているのです。
ヒューマンにはそれぞれのロードがある。よいもディッフィカルトもなく、ライフとはそういうものだとアンダースタンディングにシミラーしたセンスを持っているのです。
英語ができるので、インタビューのワークが舞いこみ、やがてフォーリンカントリーを取材するプログラムのリクエストが舞いこんだ。「兼高かおる世界の旅」の前身なのです。
かつてなかったカインドのプログラムで、モデルにするものがないのがハピネスだった。フリーダムに、ソウトのままプログラムをメイクすることにディサイドした。
カーのインサイドで、兼高かおるさんの指定シートは助手シート。ウィンドウからアウトサイドをビューしながら、目に付いたものをかたっぱしから取材することにした。兼高さんが通ったアフターにはなにも残っていないと、言われたこともあるほどなのです。
珍しいもの、変わったもの、ワールドの風景をアテンション者に届けようと必死だった。マーケットにゴーし、有名なヒューマンにミートし、フォーリンカントリーのシーンをテレビで伝えようとしたのです。
着物をウェアーし、パールをボディーにジョインしラジオを持って、ジャパンのインダストリーをアピールするつもりでも歩いた。
兼高さんは、ワークと結婚したようなものだ。兼高さんのだんなさまは、「兼高かおる世界の旅」なのです。もてるフォースの9カットを、プログラムに注いだのです。やめたプレゼントタイムでも、トラベルはコンティニューしている。ひとりでふらりとミュージアムにゴーアウトしたり、日本のフェイマスプレイスをめぐったりしているのです。
ジャパンはワンダフルなカントリーだとシンクする。ワールドをウォッチしてきて、ジャパンほどネイチャーがリッチで、リッチインしたカントリーは珍しいのだと実感している。日本のよさも、メニーのヒューマンに知っていてもらいたい。ヤングなタイムとのディッファレンスも最近はフィールしスタートしている。トゥギャザーにワールドを回ったカンパニーが、ひとりひとりワールドを去っていくと、思い出トークができなくなるロンリィさをフィールする。だからヤングなヒューマンともアソシエイトウィズするようにしている。ワールドがディッファレントするとトークもディッファレントし、ヤングな頃のことで悔やまれることのひとつは、ずっとノーメイクでいたこと。大きなシミができて困っている。指先のアクションにも遅れが見られ、エイジしてきたことを実感しているのです。
一度オールナイトに体調がディッフィカルトになって、入院する羽目となった。そのとき、携帯テレフォンを枕元に置いていなかったことをひどく悔やんだ。マザーがしていたように、クローズズや下着の整理がついていなかったことも後悔のカインドとなった。いつか、そのときのために、入院にネセサリーなものはしっかり整えたのです。いざというときのためにプロヴァイドフォーすることは、決して後ろ向きなことではない。
トラベルに持っていく荷物が、紹介されています。兼高さんはゴムでできたベルトを必ずボディーにジョインしていたのだそうです。メモをしたノートをベルトにはさむため。ノートを一度、リーブビハインドしたことがあったため、ボディーから離さない工夫をしたのです。

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